七円玉の読書記録

Researching on Nichiren, the Buddhist teacher in medieval Japan. Twitter @taki_s555

トルストイ『復活』(藤沼貴訳、岩波文庫):人間は川のようなもの

トルストイの『復活(上)』(藤沼貴訳、岩波文庫) を読了。引き続き下巻を読んでいます。

あらすじについては、以下のブログを参照させていただきました。レフ・トルストイ『復活』 | 文学どうでしょう

まったく色褪せない古典ですが、興味深い一節を引用します。

ごくありふれた、ひろく行き渡っている迷信の一つは、それぞれの人がある一定の性質を持っており、善人、悪人、利口、ばか、精力的、無気力な者などがいるーーという考えである。人間はそういうものではない。われわれはある人間のことを、あの男は悪人より、むしろ善人のときが多いが、ばかなときより、利口なときが多いとか、無気力なときより、精力的なときが多いとか、あるいはその反対だなどと言うことができる。しかし、ある人間のことを、あの男は善人だとか、利口だと言い、別の人間のことを、あの男は悪人だとか、ばかだと言うなら、嘘になってしまう。ところが、われわれはいつもそんなふうに人間を分類している。そして、それは正しくない。人間は川のようなものだ。水はどの川でも同じようなものだし、どこでも変わらない、しかし、それぞれの川がせまくなったり、速くなったり、ひろくなったり、静かになったり、きれいになったり、冷たくなったり、濁ったり、温かくなったりする。人間もそれと同じだ。誰でも自分の中に人間のあらゆる性質の芽をいだいており、ときにはある性質を、ときには別の性質を現わし、自分と似ても似つかぬものになることがよくある、それでいて相変わらず同じ自分自身なのだ。ある人間の場合、その変化が特に激しい。そして、ネフリュードフはそういうタイプの人間だった。その変化は、肉体的な原因からも精神的な原因からも彼の中に生じた。そして、そのような変化が、いま彼の中に生じたのだった。

(前掲上巻399-400頁) 

訳者の藤沼貴氏は2012年に逝去されましたが、生前の先生のゼミを学生時代に履修していて、トルストイの教育論についてご教示いただいたことは、忘れえぬひと時です。■

復活(上) (岩波文庫)

復活(上) (岩波文庫)