七円玉の読書記録

Researching on Nichiren, the Buddhist teacher in medieval Japan. Twitter @taki_s555

日蓮書簡における疫病の記述

新型コロナウイルス感染拡大を受けて、引き続き、鎌倉時代の仏教者・日蓮(1222-82)が建治3(1277)年、弘安元(1278)年に猛威を振るった疫病にどのような対応を示したかを調査している。

とりあえず日蓮の書簡を検索し、疫病に言及した箇所を精査しているが、検出語としては以下があった。他にもあるだろうか。

大疫病

疫病

やくびやう

大疫

大えき

疫癘

えきれい

章癘

書簡に記載された疫病は、先に触れた建治3年から弘安元年の疫病がほとんどのようだが、大地震のあった正嘉の時代の疫病などが検出される。日蓮は当時の疫病を仏典における三災七難の一つと把握し、建治から弘安への改元も疫病によるものと認識していたようである。

さて、日蓮の書簡の特徴の一つはその膨大な数であろう。その執筆年月日を特定するのは困難も多く、真蹟や写本、本文内容、他の書簡との関連等から、安楽椅子探偵さながらの推理が必要で、これが文献学的研究の魅力でもある。例えば、でもないが、閏十月と記載があれば、日蓮存命中の閏十月は弘安元年しかないので、有力な根拠となり得る。

とりあえず、ちびちびと検出語のある書簡の執筆年を特定させつつ、日蓮が中世日本の疫病蔓延する現実を生きながら加えて自身の病気を抱えつつ老いと死に向き合い数年後に没するという時期に、門下をどのように教導していったのか探求していきたい。■