七円玉の読書記録

Researching on Nichiren, the Buddhist teacher in medieval Japan. Twitter @taki_s555

日蓮「開目抄」:日乾による真蹟対校本の翻刻⑤

49頁の「賢王の世には道理かつべし。愚主の世に非道先をすべし。聖人の世に法華経の実義顕るべし。(愚人の世には正法の理隠る)」については、「立正安国論」と関連させて考察を加えた。注を参照されたい。 

(41)
暗夜ニ月ノ東山ヨリ出カコトシ七寳ノ
ニカヽラせ給テ大地ニモツカス大ニモ付せ給
ワス天中ニ*1懸テ寳ノ中ヨリ梵音聲出シテ
證明シテ云尒*2中出大音聲歎*3
哉粎牟尼丗*4以平等大㑹*5教菩
佛㪽念妙法芲為大衆説如是*6如是粎
牟尼世如㪽説者皆是真實等云云又
(42)
云尓*7尊於文殊師利等無量百千万億
*8住娑婆丗乃至人非人䓁一切衆
𫝐現大神力出廣長舌上至梵丗一切毛孔
乃至十方丗衆寳樹下子𫝶*9上諸佛
亦復如是出廣長舌放無量光等云云又云
令十方來諸分身佛各還本圡乃至多寳佛
還可如故等云云*10
(43)
大覚丗初成道ノ
佛十方ニ現シテ粎ヲ慰喻*11シ給上諸大菩ヲ遣
シキ般𠰥ノ𢓦ハ粎*12長舌ヲ三千ニヲホヒ千佛十
方ニ現シ給金光明ニハ四方四佛現せリ阿
弥陁ニハ六方諸佛舌ヲ三千ニヲヽウ大集ニハ十
方ノ諸佛菩大宝坊ニアツマレリ䓁ヲ法華*13
ニ引合テカンカウルニ黄*14石ト黄金ト白雲ト白山ト白
(44)*195頁
氷ト銀鏡ト黒㐌ト青㐌トヲハ翳ノ者眇目ノ者一
者邪眼*15ノ者ハ見タカヘツヘシ芲厳経ニハ先後ノ
ナケレハ佛語相ナシナニヽツケテカ大イテ來
ヘキ大集大品金光明阿弥陁等ハ
諸小乗ノ二乗ヲ弾呵せンカタメニ十方ニ淨圡ヲ
トキ夫菩ヲ欣𪷂*16せシメ二乗ヲワツラワス小
ト諸大乗ト一分ノ相アルユヘニ或十方佛*17
(45)
現シ給ヒ或ハ十方ヨリ大菩ヲツカワシ或ハ十
方丗ニモヲトクヨシヲシメシ或十方ヨリ
諸佛アツマリ給或粎舌ヲ三千ニヲホイ或ハ諸佛ノ
舌ヲイタスヨシヲトカせ給ヒトエニ諸小乗ノ十方
唯有一佛トトカせ給シヲモヒヲヤフルナルヘシ法
ノコトクニ先後ノ諸大乗ト相出來シテ舎利
弗等ノ諸聲聞*18大菩人天等ニ将*19非魔
(46)
作佛トヲモワレサせ給大事ニハアラス而ヲ芲法相
三論*20真言念佛等ノ翳ノ輩彼々ノ々ト法
トハ同トウチヲモヘルハツタナキナルヘシ但在丗ハ
四十餘年ヲステヽ法芲ニツキ候*21モノモヤアリ
ケン佛滅後ニ此経文ヲ開見シテ信受せンコトカタ
カルヘシ先一ニハ尓前ノ々ハ多言也法華ハ一
言也尓𫝐々ハ多此経ハ一也彼々ノ
(47)
々ハ多年也此経ハ八年也佛ハ大妄語人
永ク信ヘカラス不信ノ上ニ信ヲ立ハ尓前ノ々ハ信
スル事モアリナン法芲ハ永信スヘカラス當丗モ
法芲ヲハ皆信シタルヤウナレトモ法芲ニテハナキ
ナリ其故ハ法芲ト大日ト法芲ト芲厳経ト法芲
ト阿弥*22ト一ナルヤウヲトク人ヲハ悦テ帰依シ
別々ナルナント申人ヲハ用スタトイ用レトモ本意
(48)
ナキ事トヲモヘリ日蓮云日本*23ニ佛法ワタリテステニ
七百年但𫝊敎大一人計法芲ヲヨ
メリト申ヲハ諸人コレヲ用ス但法芲
𠰥接湏弥擲置他方無數佛圡亦未為難
乃至𠰥佛滅後𢙣丗中䏻説此経是則為難
等云云日蓮カ強義文ニハ普合せリ法芲ノ流
タル涅槃ニ末代濁丗ニ謗法ノ者十方ノ地ノコトシ
(49)
正法ノ者ハ爪上ノ圡ノコトシトトカレテイカンカシ
ヘキ日本ノ諸人ハ爪上ノ圡カ日蓮ハ十方ノ圡カ
ヨク〱思惟アルヘシ䝨王ノ丗ニハ道理カツヘシ愚
主ノ丗ニ非道先ヲスヘシ聖人ノ丗ニ法芲
實義顕ルヘシ等ト*24心ウヘ
法門ハ迹門ト尓𫝐ト相對シテ尓𫝐ノ強キヤウニ
ヲホユモシ尓𫝐ツヨルナラハ舎利弗等ノ諸二乗ハ
(50)*196頁
永不成佛ノ者ナルヘシイカンカナケカせ給ラン
二□教主粎ハ住劫苐九ノ减*25人壽百歳ノ師子
*26王ニハ孫淨飯王ニハ嫡子童子𢘻*27*28太子一
切義成就菩コレナリ𢓦年十九ノ𢓦出家三
十成道ノ丗始𡧯*29滅道場*30ニシテ實華王ノ儀
*31ヲ示現シテ十玄六相法*32*33頓極㣲*34妙ノ
大法ヲ説給十方ノ諸佛モ顕現シ一切ノ菩モ雲集■

つづく

*1:天の直前の「中」を削除、天の直後に○し右脇に「中ニ」。

*2:ママ

*3:異体字

*4:異体字。u80fd-itaiji-001。䏻とも異なる。

*5:→慧

*6:日部が口のようだが保留。次下も同じ。

*7:=爾

*8:異体字。sdjt-06586。=舊

*9:=座

*10:直後に親文字に「カクノ如クアリシカハ人天大㑹ヲハラシキ」とあるが削除されている。

*11:=喩

*12:○の右脇に粎。

*13:ママ

*14:保留。次下も同じ。

*15:日乾筆の訂正であり字体も現代の常用漢字と同じ。

*16:=慕。ただし草冠は三画のほう。

*17:○の右脇に佛。

*18:直後の「文殊等ノ」を削除。

*19:旧字・將の偏と同じである異体字。=将

*20:ママ

*21:草書体。sosho-u5019-001

*22:偏が方である異体字。ligang_u5f25-var-001

*23:直後の「國」を削除。

*24:「等ト」は訂正後だが、訂正前の親文字には「愚人ノ丗ニハ正法ノ理隠(=異体字。jmj-058974)等」とあり、その右脇には、判読できなかったが「御本无」と思しき文言が注記されている。日乾は元の写本と対校した真蹟とが別の系統であると自覚していたのだろう。そして注目されるのは、この削除された「愚人ノ丗ニハ正法ノ理隠等」が日存写本には表記されている点である(大石寺版『平成校定日蓮大聖人御書』、601頁参照)。まさか日乾が用いた写本は日存本の系統だったのではと早とちりする気はないが(なぜなら後出241頁「シタシキ〔御本ニ無〕父母也」は親文字である)、時機が叶えば日乾本と日存本との表記を比較し、それで答えが出そうな気がする。「賢王の世には道理かつべし。愚主の世に非道先をすべし」という主張は、「立正安国論」及び中世日本に普及していた善神捨国思想の神話的世界観を共有しない現代人に対しても説得力を持つものであり、初期仏教において王権神授説を否定し、為政者(王)の正統性は彼自らの人民の福祉に寄与する行為(カルマ)によって担保されると説いた転輪王思想と併せて注目したい。「聖人の世に法華経の実義顕るべし。愚人の世には正法の理隠る」は、聖人(=日蓮)が説く「実乗の一善」(立正安国論、御書全集32頁)を為政者が用いる世との意味として、立正安国論の主張の言い換えと解することも可能なのではないか。そう考えると、敷衍するが、日蓮立正安国論提出は、日本国が賢王か愚主か、道理か非道か、聖人か愚人かを世に問う・試す行為(あるいは開目抄のこの文脈を用いれば、法華経が難信極まることを承知でそれを確認する行為)であり、日蓮からの社会への挑戦というか本格的な接続であったことが了解されよう。少なくとも立正安国論の完成と提出は法華経に依らなければありえず、また法華経身読の一環と私は見たい。それから削除部分については、前節が賢王・愚主を対比しているから、聖人と対比した愚人以下の一文があったほうが文体としては自然であるし、複数系統の写本→複数の真蹟が存在と措定し、この一節を真撰と解したほうが日蓮思想の解釈に豊かさを与えてくれると思うが如何だろうか。この対応から、さらに「道理」と「法華経の実義」=「正法の理」とが対応している、あるいは王法から見れば道理、仏法から見れば法華経の実義=正法の理(=実乗の一善)と読めないだろうか。(転輪王思想の説明は馬場紀寿『初期仏教』岩波新書、第四章「贈与と自律」を参照した)追記。録内御書(宝暦修補本)にも「愚人ノ世ニハ正法ノ理隠ト」(御書二、二十一丁裏、ただし末尾が「等ト」ではない)があることが確認できた。高祖遺文録や縮刷遺文にはない。

*25:=減

*26:=頰。頬は頰の俗字。wordで作業していると、頰のほうが常用漢字であるにも関わらず、環境依存字と示された。

*27:=悉

*28:=達。之繞が一点か二点か区別し難いが、この異体字で進める。

*29:=寂

*30:≒塲。u5872-itaiji-001か。

*31:異体字。koseki-109290=法務省戸籍統一文字109290

*32:=円

*33:異体字。u2ff0-u2ff1-cdp-88c8-cdp-8bdc-u866b

*34:=微