七円玉の読書記録

塵も積もれば山となる

「立正安国論」真蹟翻刻②第十三紙~第二十四紙

(第十三紙)
浄土宗学者先須知此旨設雖先学
聖道門人若於浄土門有其志者須
棄聖道帰於浄土又云善導和尚立
正雑二行捨雑行帰正行之文第一読
誦雑行者除上観経等往生浄土経已
外於大小乗顕蜜*1諸経受持読誦悉
名読誦雑行第三礼拝雑行者除上
礼拝弥陀已外於一切諸仏菩薩等及諸
世天等礼拝恭敬悉名礼拝雑*2私云見
此文須捨雑修専豈捨百即百生専修
正行堅執千中無一雑修雑行乎行者
能思量之又云貞元入蔵録中始自
大般若経六百巻終于法常住経顕
*3大乗経惣六百三十七部二千八百
八十三巻也皆須摂読誦大乗之一句
当知随他之前蹔*4雖開定散門随自
(第十四紙)
之後還閉定散門一開以後永不閉
者唯是念仏一門又云念仏行者必
可具足三心之文観無量寿経云同経
疏云問曰若有解行不同邪雑人等
防外邪異見之難或行一分二分群
賊等喚廻者即喩別解別行悪見
人等私云又此中言一切別解別行異
学異見等者是指聖道門〈已上〉
又最後結句文云夫速欲離生死二
種勝法中且閣聖道門選入浄
土門欲入浄土門正雑二行中且抛
諸雑行選応帰正行〈已上〉就之見
之引曇鸞道綽善導之謬釈
建聖道浄土難行易行之旨以
法華真言惣一代之大乗六百三
十七部二千八百八十三巻一切諸仏
(第十五紙)
菩薩及諸世天等皆摂聖道難
行雑行*5等或捨或閉或閣或抛以此四字
多迷一切剰以三之聖僧十方之
仏弟皆号群賊併令罵詈近背
所依浄土三部経唯除五逆誹謗正
法誓文遠迷一代五時之肝心法花
経第二若人不信毀謗此経乃至其
人命終入阿鼻獄誡文者也於是
代及末代人*6非聖人各容冥衢並
忘直道悲哉不樹瞳矇痛哉徒
催邪信故上自国王下至土民皆
謂経者無浄土三部之外経仏者無
弥陀三尊之外仏仍伝教義真*7慈覚
智証等或渉万里之波濤而所渡
之聖教或廻一朝之山川而所崇之
仏像若高山之巓建華界以安
(第十六紙)
置若深谷之底起蓮宮以崇重
釈迦薬師之並光也施威於現
当虚空地蔵之成化也被益於生後
故國主寄郡郷以明灯燭地頭充
田薗*8以備供養而依法然之撰*9択則
忘教主而貴西土之仏駄抛付属而
閣東方之如来唯専四巻三部之経
典空抛一代五時之妙典是以非弥陀之
堂皆止供仏之志非念仏之者早忘
施僧之懐故仏堂零落瓦松之煙
老僧房荒廃庭草之露深雖然
各捨護惜之心並廃建立之思是以
住持聖僧行而不帰守護善神去
而無来是偏依法然之撰*10択也悲
哉数十年之間百千万之人被蕩魔
縁多迷仏教好傍*11忘正善神不
(第十七紙)
成怒哉捨円好偏悪鬼不得便哉
不如修彼万祈禁此一凶矣
客殊作色曰我本師釈迦文説浄土
三部経以来曇鸞法師捨四論講
説一向帰浄土道綽禅師閣涅槃広
業偏弘西方行善導和尚抛雑行
立専修恵心僧都集諸経之要文
宗念仏之一行貴重弥陀誠以然矣
又往生之人其幾哉就中法然聖人
幼少而昇天台山十七而渉六十巻
並究八宗具得大意其外一切経
七遍反覆章疏伝記莫不究看
智斉日月徳越先師雖然猶迷出
離之趣不弁涅槃之旨故徧覿悉
鑑深思遠慮遂抛諸経専修念仏
其上蒙一夢之霊応弘四裔之親
(第十八紙)
疎故或号勢至之化身或仰善導
之再誕然則十方貴賤低頭一朝男
運歩爾来春秋推移星霜相*12
而忝*13釈尊之教恣譏弥陀之文*14何以
近年之災課聖代之時強毀先師更
罵聖人吹毛求疵剪皮出血自昔至
今如此悪言未見可惶可慎罪業至
重科条争遁対座猶以有恐携杖而
則欲帰矣
主人咲止曰習辛蓼葉忘臭涸*15廁聞
善言而思悪言指謗者而謂聖人疑
正師而擬悪侶其迷誠深其罪不浅
聞事起委談其趣釈尊説法之内
一代五時之間立先後弁権実而曇鸞
道綽善導既就権忘実依先捨後
未探仏教淵底者就中法然雖酌其
(第十九紙)
流不知其源所以者何以大乗経六百三
十七部二千八百八十三巻并一切諸仏
菩薩及諸世天等置捨閉閣抛之字
薄一切衆生之心是偏展私曲之詞全
不見仏経之説忘*16語之至悪口之科言
而無比責而有余人皆信其妄語悉
貴彼撰*17択故崇浄土之三経而抛衆
経仰極楽之一仏而忘諸仏誠是諸
仏諸経之怨敵聖僧衆人之讎*18敵也
邪教広弘八荒周遍十方抑以近年
之災難往代之由強恐之聊引先例
可悟汝迷止観第二引史記云周末有
被髪袒身不依礼度者弘決第二釈
此文引左伝曰初平王之東遷也伊
川見被髪者而於野祭識者曰不及百年
其礼先亡爰知徴前顕災後致又阮
(第二十紙)
*19逸才蓬頭散帯後公卿子孫皆教
之奴苟相辱者方達自然撙節兢持
者呼為田舎為司馬氏滅相〈已上〉又案慈覚
大師入唐巡礼記云唐武宗皇帝会昌
元年勅令章敬寺鏡霜法師於諸
寺伝弥陀念仏教毎寺三日巡輪不
絶同二年廻鶻之軍兵等侵唐
堺同三年河北之節度使忽起乱其
後大蕃更拒命廻鶻重奪
地凡兵乱同秦項之代災火起邑
里之際何況武宗大破仏法多滅
寺塔不能撥乱遂以有事〈已上取意〉以此*20
法然後鳥羽院御宇建建*21
年中之者也彼院御事既在眼前
然則大唐残例吾朝顕証汝莫疑
汝莫怪唯須捨凶帰善塞源截根
(第二十一紙)

客聊和曰未究淵底数知其趣但自
華洛至柳営釈門在枢楗仏家
在棟梁然未進勘状不及上奏汝
以賤身輙吐莠言其義有余其理
無謂
主人曰予雖為少量忝学大乗蒼
蠅附驥尾而渡万里碧蘿懸松
頭而延千尋弟子生一仏之子事
諸経之王何見仏法之衰微不起心
情之哀惜其上涅槃経云若善比丘
見壊法者置不呵嘖駈遣挙処当
知是人仏法中怨若能駈遣呵嘖
挙処是我弟子真声聞也余雖
不為善比丘之身為遁仏法中怨
之責唯撮大綱粗示一端其上去元仁
(第二十二紙)
年中自延暦興福両寺度度経奏
聞申下勅宣御教書法然之撰*22
印板取上大講堂為報三世仏恩令
焼失之於法然墓所仰付咸*23神犬神人
令破却其門弟隆観聖光成覚薩
生等配流遠其後未許御勘気
豈未進勘状云也
客則和曰下経謗僧一人論難然而以
大乗経六百三十七部二千八百八十
三巻并一切諸仏菩薩及諸世天
等載捨閉閣抛四字詞勿論也其
文顕然也守此瑕瑾成其誹謗迷而
言歟覚語歟賢愚不弁是非難
定但災難之起因撰*24択之由盛其詞
弥談其旨所詮天下泰平土安穏
君臣所楽土民所思也夫依法而
(第二十三紙)
昌法因人而貴亡人滅仏誰可崇法
誰可信哉先祈國家須立仏法*25
若消災止難術有欲聞
主人曰余是頑愚敢不存賢唯就
経文聊述所存抑治術之旨内外之
間其文幾多具難可挙但入仏道
数廻愚案禁謗法之人重正道
之侶中安穏天下泰平即涅槃経
云仏言唯除一人余一切施皆可讃歎
純陀問言云何名為唯除一人仏言如
此経中所説破戒純陀復言我今未
解唯願説之仏語純陀言破戒者
謂一闡提其余在所一切布施皆可
讃歎獲大果報純陀復問一闡提者
其義云何仏言純陀若有比丘及比
丘尼優婆塞優婆夷発麁*26悪言
(第二十四紙)
誹謗正法造是重業永不改悔心
無懺悔如是等人名為趣向一闡提
道若犯四重作五逆罪自知定犯
如是重事而心初無怖畏懺悔不肯
発露於彼正法永無護惜建立之心
毀呰軽賤言多過咎如是等亦名
趣向一闡提道唯除如此一闡提輩
施其余者一切讃歎又云我念往昔於
閻浮提作大王名曰仙予愛念敬
重大乗経典其心純善無有麁悪嫉
恡善男子我於爾時心重大乗聞波羅門
誹謗方等聞已即時断其命根
善男子以是因縁従已来不堕地獄
(一行空き)
此一紙於身延山以御真筆之安国論
奉寫之 慶長六〈辛丑〉閏霜月六日 日通花押

つづく

*1:→密

*2:+行。選択集引用文より。前掲書29頁。立正安国論広本では「雑行」(第九紙9行目)。

*3:→密

*4:暫とするものもあるが、真蹟は脚が足。第九紙、第十四紙の足の字と比較した。選択集本文も「蹔」(前掲書159頁)。

*5:○の傍に雑行。

*6:○の傍に人。

*7:脱漏。料紙天に真。

*8:→園

*9:→選

*10:→選

*11:本文「謗」の傍に○、料紙地に「傍」。

*12:脱漏。○あり料紙天に相。

*13:平成新修は「参」で翻刻し読み下しの際は「忝」に校訂している。これは確かに第二十一紙6行目および第三十紙6行目とは上部のつくりが異なるが、下部は同じ。他の真蹟の忝、参と比較する必要あり。

*14:脱漏。○あり料紙天に文。

*15:→溷

*16:→妄

*17:→選

*18:真蹟は「隹隹」。讎:諸橋大漢和36124、10-619(36124)。あだ、かたき。仇に通ず。「隹隹」:諸橋大漢和42075、11-1011(12553)。

*19:→籍。大正No.1911, 46巻19頁a段7行。

*20:○の傍に此。

*21:重複。トル。

*22:→選

*23:→感

*24:→選

*25:これは「先ず国家を祈りて須く仏法を立つべし」と読み習わされ、仏法と国家を対概念とした上で仏法に対する国家の優位と解釈されてきたが、見直しが図られている。中尾堯氏は通例の読みを「先ず国家を祈りて、(次いで)すべからく仏法を立つべし」とし、これを改め「先ず国家を祈らんには、須く仏法を立つべし」と読み、その理由を直前に「国依法而昌法因人而貴」とあって仏法が国家を超越する意が示されているからとする。現代語訳は「何よりも国家が安泰になり栄えることを祈るには、まず仏法の信仰を立てなくてはなりません」とする(『読み解く『立正安国論』』、2008年1月、179, 215-6頁)。佐藤弘夫氏は、仏法と国家どちらを優先させるかという従来の理解の枠組みを見直し、客・主人の両者とも仏法の興隆なくして国家の安泰もないという前提に立っているとし、また日蓮天皇等の特定の権力(狭義の国家=王法)の安泰よりも、広義の国家としての国土と人民の安寧に重きを置いていたとして、それが日蓮の安国観念の独自性であるとする。その上で氏は校定した読み下し文では「先ず国家を祈って須く仏法を立つべし」としながらも、「客はここで、国が滅亡して人が死滅してしまえば、だれも仏法を信仰する人などいなくなるのだから、国家滅亡の危急に瀕しているいまは、何を願うよりも、仏法存続の基礎となるべき国土と人民の安穏を祈らなければならない、と論じている」とし、これは日蓮自身の思想を端的に示すものと解釈する。そして「安国こそが現下の最重要かつ緊急の課題であり、その課題に応えうるものは仏法しかないゆえに、仏法宣揚はまず安国を目的とされなければならないとする、この時点における両者の了解事項を語ったにすぎない」とし、「その点、破格ではあっても、『国家を祈るを先として、すべからく仏法を立つべし』と読んだほうが日蓮の真意に即しているかもしれない」と解説している。現代語訳は直前の「国亡人滅仏誰可崇法誰可信哉」を受けて「それゆえ、仏法を宣揚するにあたって真っ先に願うべきことは、仏法存続の基盤である国土と人民の安泰でなければならない」としている(『日蓮立正安国論」』講談社学術文庫、2008年6月、36-40, 128, 134, 145-6頁)。上記解釈の枠組みとはまた別だが、高木豊(1928-1999)の「立正安国論再読」における読みも興味深い。高木はこの第七問答における対立点を、客の国家のための祈念を優先する志向に対して主人が謗法禁誡・正法重用を優先させていることと読む。そして主人が引いた謗法者への布施禁止、王への仏法委嘱の経文から、涅槃経の有徳王=北条時頼、覚徳比丘=日蓮に擬し、念仏者からの迫害の渦中にいる日蓮自身の救出の要請が含意されているとしている(『増補改訂 日蓮――その行動と思想』太田出版所収、2002年、286-289頁)。今しがた中尾・佐藤・高木の三氏の読みを挙げたが、それぞれ異なる解釈の枠組みによることが、安国論読解の奥行き、魅力を物語っていると言えよう。その他、最近の訳では『現代語訳 立正安国論』(池田大作監修、創価学会教学部編、聖教新聞社、2017年、75頁)に「まず国家の安泰を祈って、仏法を確立するのでなければならない」とあり、『ビギナーズ日本の思想 日蓮立正安国論」「開目抄」』(小松邦彰編、角川ソフィア文庫、2010年、47頁)では「でありますから、まず国家の安泰を祈って、その後に仏法の流布をはかるべきであると思われます」とする。素朴に当該一節を読み直してみると、「国家を祈りて」と祈るという行為に言及しており、それは仏法によるものに他ならないから、ここはあくまで仏法の実践課題における優先度、緊急性の問題を扱っており、現下では災難を止めるという意味で「先ず」があり、それゆえ「若消災止難術有欲聞」と続くということだろうか。そもそも「国家を祈る」ことと「仏法を立つ」こととは前後するものなのだろうか。「先ず」は両者に掛かる読みは許されないのだろうか、四字の対句のために「須」を入れたなら、そう読めないか。「祈国家」と「立仏法」は同時あるいは、同じ内実ではないか。「先」があるなら「次」とか「而」があってもよかったのではないか。

*26:=麤。ここは真蹟も「广+共」ではない(後述参照)。