七円玉の読書記録

Researching on Nichiren, the Buddhist teacher in medieval Japan. Twitter @taki_s555

湯浅誠『なぜ「活動家」と名乗るのか』(ちくま文庫):自己責任論は無責任

自己責任論は「あんたの努力が足りないから、そういう結果になるんだ」という因果の語法ですが、なんとも冷たい響きをもった、現代社会の「呪い」の典型のようです。

この自己責任論を徹底的に批判してきた湯浅誠氏の著作は、何度も読み返したいと、今回メモしてみました。

がんばる気持ちは大切だ。それは誰も否定しない。問題は、自己責任論が「がんばる気持ち」を育てるかどうか、にある。

「あんたの努力が足りないから、そういう結果になるんだ」と実際に自己責任論が行使されるとき、それは文脈上「おれは関係ない」という言葉の言い換えにすぎない。じっくりと相手の立場に立って考えるのが面倒くさいとき、その時間的・精神的余裕がないとき、自己責任論は発動される。それは、どんどん忙しくなる人々の余裕のなさを糧に大きくなるものであり、他者を見下ろす「上から目線」、切り捨ての発想に基づいている。「もっとがんばれ」と言いながら、本人がもっとがんばれるかどうかなど実はどうでもいい。単に「聞きたくない」という拒否、「どうとでもなれ」という無関心、それが自己責任論の正体だ。

自己責任論が、単なる個人的意見の好みの問題ならば、私もとりたてて問題にする必要を感じないだろう。困るのは、自己責任論が社会全体に蔓延することで、穴だらけのセーフティネットが放置されたり、必要なサポートが行われないために本人の厳しい状態が長期化してよけい時間とお金のかかる状態になったり、結果として社会全体の景気回復がもたらされなかったりと、日本社会に及ぼす点だ。

その意味で、自己責任論者は相手のことを考えていないうえに、社会のことも考えていない。至って無責任なのだ。そして、この無責任さが蔓延する中で、案の定社会は不安定になり、活力を失っていった。そこを社会全体としてどう克服していけるのかが、私たちの社会の課題なのだと私は思っている。

湯浅誠『なぜ「活動家」と名乗るのか 岩盤を穿つ』ちくま文庫、206-207頁、文庫は文藝春秋の単行本版を加筆修正)

上に引用したような自己責任論を振りかざす人は、それがどういうものか、まさしく考えたこともなく、あるいはそんな考える余裕もなく、無意識に振る舞っている。私もそういう現場を見てきたし、自身そう振る舞ってきたなという自覚があるつもりです。

劣悪な家庭環境で育ち、いじめを経験し、自身も事件を起こし、貧困に陥っていった友人がいました。長く関わる中で、彼は、過去のそうした体験を断片的にでも、とつとつと語ってくれました。それは彼自身すら、受けてきたことが暴力だったこと、そういう中で社会の周縁に追いやられていったと自覚できていなかったのではないかと思わせる語りぶりでした。その彼が会う人会う人から「お前、もっとちゃんとしないとだめだぞ」といった「叱咤」を受けてきたことも、数えきれないほど見てきました。こういう現実を見るとき、ああ、こういう人たちとは自己責任論批判など、まったく共有できないのか、と葛藤することがあります。そういう「叱咤」で納得しているのはそれを発している人自身であり、苦しんでいる相手ではない。

新自由主義のメッセージは、弱肉強食の中、自己責任で生き残れという自己責任論でした。そうすると、上手くいかなかったとき、それは自分の努力が足りなかった結果として処理するしか説明のツールが社会的に存在しないので、どんどんモノが言えなくなります。なにを言っても結局「おまえのせいだ」と言い返されますから。新自由主義が良くないということと、モノを言ってもいいんだということは自然にはつながらないので、そこをつなげていくのは活動家の役割です。

自己責任論の最大の効用は、結局相手を黙らせることだったと思います。いま、私たちが行っている生活相談には、相談日のたびに四〇人くらいの人が訪れます。パンク状態になると気が焦って、早く終わらせたくなるものです。待つ人がどんどん増えていきますから。早く終わらせたかったら簡単で、自己責任論を持ち出せばいい。悩みを打ち明けはじめても「それはあなたにも問題があったんじゃないの」と言えば黙ってしまいます。つまり、自己責任論を使いたい誘惑というのは、自分が忙しくなればなるほど強まっていく。

この誘惑には、相当意識しないと勝てません。……

(同書、228-229頁)

最後に引いた一文が、私がここに長々と書き留めたくなった最大の理由です。■

 *湯浅氏のその他の著作も今後メモしていきたい

どんとこい、貧困! (よりみちパン!セ)

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

ヒーローを待っていても世界は変わらない (朝日文庫)